宇和島城

愛 媛 県


所 在 地
通   称
城郭の構造
築 城 年
築 城 者
主な改修者
遺   構
指定文化財
再 建 造 物
訪 問 日


愛媛県宇和島市丸之内
鶴島城
梯郭式平山城
天慶5年(941年)
橘 遠保(たちばなのとおやす)
藤堂高虎、伊達宗利
現存天守、門、石垣
国の重要文化財(天守)、国の史跡

2013年12月7日

宇和島城は、中世期にあった板島丸串城の跡地に築城の名手藤堂高虎によって六年の歳月を費やして築かれた近世城郭です。西側の大半が海に面する丘陵地の地形を活かした縄張りとなっていて海城でもあります。五角形平面の縄張りは、四角形平面と敵を欺くために築城の名手高虎が設計したものです。
現存する天守は、藤堂高虎が1602年に創建した望楼型天守を、伊達家2代宗利が1666年頃、三重三階総塗籠式(ぬりごめしき)、層塔型に修築したものです。太平の世の中を象徴するように各階に装飾性の高い破風や懸魚を配し、小さいながらも御殿建築の意匠が随所に見られ、非常に格式を重んじた造りになっています。
現存するもう一つの建造物「上り立ち門」は、南側の搦手道口に位置し、薬医門形式としては最大級で、創建年代が最古である可能性もある貴重なものです。

藩老桑折氏武家長屋門

城山北東側の登城口に位置する長屋門です。家老桑折家屋敷地に残されていたものを、昭和27年桑折家から譲渡を受け、現位置に移築、長屋の一部は失われていますが、宇和島市内には数少ない武家屋敷の建造物です。

石段を登っていきます

井戸丸の石垣

井戸丸跡・城内三つの井戸のうち最重要の井戸

御書物矢倉の石垣

三の門跡

三の門から二の門への登路

二の門付近にて

二之丸

五二之丸から本丸への石段

櫛形門(一の門)跡

北角矢倉跡

本丸・御大所(御台所)跡

井戸跡

宇和島城天守

天守最上階

天守内部 天井や障子があり荘厳な天守

三重三階の独立式層塔型天守 玄関は唐破風

宇和島城については、ツアーであったため時間的制約があり、上り立ち門をはじめ搦手門跡や追手門跡など、隅々まで見学することができませんでした。
多少心残りはありますが、交通の便などを考えると再登城の可能性はまず無いと思われ、これで完了にしたいと思います。