名護屋城
佐 賀 県
所 在 地
通 称
城郭の構造
築 城 年
築 城 者
主な改修者
遺 構
指定文化財
再 建 造 物
訪 問 日
佐賀県唐津市鎮西町名護屋
名護屋御旅館
梯郭式平山城
天正20年(1592年)
豊臣秀吉
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石垣、空堀、井戸
国指定特別史跡
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2017年3月9日
名護屋城は、豊臣秀吉が文禄・慶長の役(朝鮮出兵)の際に、国内拠点として築いた城です。わずか5ケ月で築城され、当時の大坂城に次ぐ規模を誇りました。
周辺には全国から参集した大名の陣屋が130以上も建てられ、人口20万人を超える城下町が形成されました。国内でこれほどの名だたる武将が一堂に会した城、陣屋はありません。
関ヶ原の戦いの後、寺沢広高が唐津城を築城した際に、その一部の遺材を使用したと言われています。
その後の一国一城令(1615年)を受け、石垣の角部分を破壊するという方法で人為的に破却されました。