座喜味城

沖 縄 県


所 在 地
通   称
城郭の構造
築 城 年
築 城 者
主な改修者
遺   構
指定文化財
再 建 造 物
訪 問 日


沖縄県中頭郡読谷村
読谷村城
山城
1416年~1422年
谷山按司護佐丸
不明
石垣、郭
国の史跡 世界遺産
なし
2017年1月10日

座喜味城は15世紀の初頭、築城家としても名高い読谷山按司護佐丸によって築かれたといまれています。護佐丸は当初、座喜味の北東約4kmにある山田城に居城していましたが、1416年(1422年説もあります)中山の尚巴志の今帰仁城(北山城)攻略に参戦し、その直後、地の利を考慮し座喜味へ築城したといわれています。1944(昭和19)年旧日本軍によって高射砲陣地となり、戦後1956(昭和31)年に琉球政府の重要文化財に指定されますが、1960(昭和35)年にアメリカ軍によってレーダー基地となりました。日本復帰の1972(昭和47)年には国指定史跡となります。翌年の1973年から1985年の間、文化庁、沖縄県の補助を受けて城跡の発掘調査や城壁修理が進められ、日常的に歴史と触れ合える空間として甦りました。2000(平成12)年12月2日には村民待望の「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の資産のひとつとして世界遺産に登録されました。

松林の中を城門へ進みます

三の郭に当たるところでしょうか

石造アーチ門

アーチ門右の石垣です

拝所 特別な建物等は作らなかったようです

二の郭への入口のアーチ門です

二の郭です

二の郭へ入りました またアーチ門があります
左側へ回り込むと行き止まりとなっています

この先は左側に崖で行き止まりです


攻め込んでくる敵を幻惑させる造りです
戦国時代の本土の城にも採用されている縄張りですが、この手法を真似たのでしょうか?

二の郭から二つ目のアーチ門を潜ります

アーチ門を潜ると「一の郭」となります

一の郭には建物の痕跡があります

城壁上から一の郭を俯瞰します

寄進灯篭

礎石建物跡 建物の屋根は茅葺きか板葺きと推定されます

一の郭の城壁上から二の郭を俯瞰します

一の郭の城壁上から二の郭外側の城壁を見ます