新高山城

広 島 県


所 在 地
通   称
城郭の構造
築 城 年
築 城 者
主な改修者
遺   構
指定文化財

再 建 造 物
訪 問 日


広島県三原市本郷町
通   称

山城
1552年(天文21年)
小早川隆景

石垣、堀切、土塁、井戸、礎石、
郭、縦堀
国の史跡
2019年5月22日

小早川氏の祖、土肥実平・遠平父子は、源頼朝の平氏追討に当って終始勲功をたて、はじめ備前、備中、備後の三国の守護の地位を与えられましたが、安芸国沼田荘(沼田川流域一帯、蓮華王院領)の地頭職を得ると一族あげて相模国から西遷してきました。
鎌倉・室町時代を通じて沼田小早川氏が本拠とした山城は、沼田川対岸の高山城でしたが、沼田小早川家を継いだ隆景は、これまで高山城の副塁であった新高山城の大改修を行い、天文21年(1552)にここに本拠を移しました。
以来、慶長元年(1596)に三原城に移るまでの45年間、この新高山城が小早川氏の本拠となりました。
この城郭は、標高197.6mの新高山城の天嶮を利用した山城で、東西400m、南北500mの全山を城塞としています。
山頂尾根を削平した本丸、二の丸、三の丸など各種の郭は60余りに及ぶ広大なもので、城主や家臣の居館を山上に上げた中世山城から近世の城郭への過渡期を示す城郭です。

新高山城登山者用の駐車場


新高山城登山口の先に、専用の駐車場が確保されています。
新高山城の下を新幹線のトンネルが走っていますので、頻繁に走行音が聞こえてきます。

新高山城跡大手道入口の標識です

荒神社拝殿です 年季の入った鳥居です

道標がしっかり整備されています

新高山城の全体像の案内板です

この城は、まるで登山のようです

大手道を警護する番所跡は三段からなっています

番所跡の案内板です

前方が開けてきました

小早川氏の菩提寺、匡真寺跡に着きました

寺跡は東西41m、南北72mと広大でした

更に登って行きます

中の丸(二の丸)跡に着きました

中の丸は東の丸、釣井の段、ライゲンガ丸から成ります

本丸下には三原城の石垣用の石材が残っています

本丸跡です

本丸跡には礎石があり建物が存在していたようです

詰の丸を歩きます

詰の丸には仏教の石碑が多数設置されています

詰の丸から本郷の街を望みます 左の山が高山城跡です

釣井の段に降りてみます

井戸が6か所あります 水がある井戸もありました

東の丸からの眺望です(北方面)

中の丸の続きです

西の丸から石弓の段を見ます

西の丸から北の丸を見ます

中の丸から続く西の丸から更に続く北の丸です

鐘の段は広々としています

鐘の段の先端です ここに鐘楼があったのでしょうか?

大手道入口へ下っていきます

新高山城を見上げると急峻な山であることが分かります